サッカーは詳しくありませんが、ワールドカップは楽しく見ています。

見ていてふと思ったことは、サッカーと撮影は似ているということです。

スポーツニュースなどではゴールシーン(シュートのシーン)がクローズアップされますが、じっくり試合を見るとシュートにつなげるために前線にボールを送り出すプロセスがとても大変で、かつ重要なのだと気づかされます。

撮影もそれと同じように、シャッターを押すまでには多くの準備を必要とします。

一人でできる小規模な物撮りでさえ、1枚シャッターを押すまでには(撮影イメージの構築にはじまり、背景紙の設置やストロボ位置の決定、被写体の設置や光量の調整と何枚もの試し撮りなど)多くのプロセスが存在します。

ましてや多人数の人物を撮影する場合などは、(主催会社の人など)撮影をオーガナイズしてくれる多くの方々の協力と準備があってはじめてカメラマンはシャッターを押すことができます。

最初から最後までカメラマン一人でできる撮影は限られていて、多くの場合はサッカーのパス出しのような連係プレイを積み重ねてボールが前線にやってきます。

それをうまく点が入るようにシュート(撮影)するのがカメラマンの重要な役割です。

ボールが前線に運ばれてくるプロセスが複雑で大変であればあるほど、シュートする人(カメラマン)はそのプロセスの重みを感じながらシャッターを押すことになります。

すべてのシュートがきれいにゴールできるとは限りませんが、1点をどのようにして取るか(シュートするか)を、試合(撮影)の前にも試合の最中にも常にカメラマンは考えています。

カメラマンは小説家ではありません。

小説家なら頭の中でイメージしたことを紙の上だけで読者に伝えることができますが、カメラマンは思い描いたイメージを現実化した上で写さなければ何も伝わらないでしょう。イメージを現実に構築する作業は(経済的な側面も含めて)カメラマン一人で行うには困難なことが多く、数々の人の手や足を借りながらなし得る作業です。

パスを回してつないでくれる多くの人々に感謝しながらShoot(撮影)しなければならないと、サッカーの試合を見ながら改めて思います。