ストック動画への期待と不安

ストック動画

個人的には今日から今月半ばまで(ほぼ)夏休みに入ります。

ストックフォト関連でその間にやっておきたいことがあります。ストック用の動画撮影の練習です。
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陶芸家のように捨てる

陶芸家と写真家は似ている、と以下のYouTubeの動画、写真家の金村修氏の撮影風景の動画をみて思いました。

著名な写真家でもシャッターを押すたびに名作が生まれるというわけではなく、厳しい取捨選択によって作品を生み出している様子がリアルに描かれています。
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写真家とフォトグラファーとストックフォト

写真家とフォトグラファーとストックフォト

「写真家」と「フォトグラファー」

「写真家」も「フォトグラファー」も日本では総称的に「カメラマン」と呼ばれていますが、少し細かく見れば、「写真家」と「フォトグラファー」には本質的な違いがあります。
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ボケ(Bokeh)談義

共通語としてのBokeh

日本人の(写真における)ボケ好きは世界的に知られています。

写真の背景(あるいは前景)をとろけるように暈す撮り方は日本の専売特許とも言えるほどで、その証拠に「ボケ」という言葉は「bokeh」として(写真業界で)世界共通語になっています。ただ、少し前まではこの「bokeh」という言葉は、海外のフォトグラファーたちからはやや否定的な感じで使われることが多かったように思います。伝統的にパンフォーカスを好み、ドラクロワの絵ような光と陰のコントラストを好む欧米のフォトグラファーにとっては、暈けは邪道に見えるのかもしれません。
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幸運の女神には前髪しかない

幸運の女神には前髪しかない

この言葉の出典には諸説あるようですが、レオナルド・ダ・ヴィンチが(ギリシャ神話をもとに)言った言葉で、マキャベリが『君主論』の中で引用して有名になった言葉として知られています。

幸運の女神が前からやって来て、自分の横を通り過ぎて行ってしまったら、もう振り返っても女神をつかまえることはできない。

なぜなら、幸運の女神には前髪だけしかなく、後ろ髪を引っ張って振り向かせることはできないからだ。
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ストックフォト会社を音楽にたとえてみる

ストックフォト会社を音楽にたとえてみる

音楽には非常にわかりやすい音楽から難解な音楽まで様々なものがありますが、写真もすぐに理解できるものから解釈が難解なものまで大きな幅があると思います。

では、各ストックフォト会社の写真を音楽にたとえてみたらどのような感じになるでしょう?

ここでは独断と偏見によって、主なストックフォト会社を音楽にたとえてみました。
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写真は「料理」で、ストックフォト会社は「器(うつわ)」

写真は「料理」で、ストックフォト会社は「器(うつわ)」

「料理」と「器(うつわ)」

ストックフォトクリエイターが撮影する写真は、たとえ完璧にレタッチが終わっていたとしても、まだ完成したストックフォトとは言えません。

その状態はいわば、料理が鍋の中で美味しくできた状態にすぎないのだと思います。
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アメリとストックフォトとソフィスティケーション

アメリとストックフォトとソフィスティケーション

アメリ

2001年のフランス映画で数々の賞を獲得した「アメリ」は、個人的に最も好きな映画の一つです。

シュールな物語、主人公の演技、映画全体を通じた画面の色合い、ヤン・ティールセンの音楽、どれをとっても素晴らしくDVDのモーターが擦り切れるほど見てしまいました。

そのように個人的には大好きで、商業的にも成功し、賞を総なめにした「アメリ」ですが、当時辛口の批評家の中にはこの映画を「リアリティーがない」として批判していた人たちも少なくありませんでした。
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ストックフォトクリエイター、専属優遇の時代へ

ストックフォトクリエイター、専属優遇の時代へ

併売の時代は終わった?

専属か併売か

ストックフォトのクリエイター(コントリビューター)は、専属で販売するのがよい(=利益が上がる)のか、それとも専属にならずに複数社で併売するのがよいのか、というかねてからの議論に(少なくとも日本人素材を中心とした日本市場の場合ですが)決着がつきそうです。
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ストックフォト的なという形容詞について

英語で、「ストックフォト的な」という形容詞は何というのでしょうか?

英語で「ストックフォト」という場合、(単数で)「stock photo」という言い方は意外と少なく、多くの場合は「stock photography」という言い方が使われているようです。「stock photos」というようにphotoを複数形にした使い方がそれに次いでみられます。
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インスタグラムとストックフォトの違い

インスタグラムとストックフォトの違い

インスタグラムをやってみて

ストックフォト に投稿しながらインスタグラム も継続的にやっている人たちがどれくらいいるのかわかりませんが、私はちょうど昨年の今頃、友人のカメラマンに勧められてインスタグラムをはじめました。

が、この一年間で投稿した枚数は9枚だけで、両立するのは困難なようです・・・それでも色々なインスタグラマーの写真を見て回ったりすることで、多少なりともインスタグラムの雰囲気を知ることができたと感じています。

そこでインスタグラム とストックフォト の違いについて感じたことを書きとめておこうと思います。
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「中間」の消失—–写真の役割

「中間」の消失—–写真の役割

「中間」が消えていく

去年の5月はもっと涼しかったような気がします。

だんだん日本には「中間」というものがなくなっていき、右か左か上か下か黒か白か暑いか寒いかという二極化が進行しているのでしょう。

以前よく聞かれたファジー理論は日本の十八番だったようですが、現在のデジタルな0と1は曖昧さを許容しないシステムを作り出しているようです。

フィルムカメラの滑らかなグラデーション、アナログレコードの豊かな音の連なりは、今日では非実用の贅沢品となってしまいました。
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お金か名誉か?——ネット上のフリーワーカー

お金か名誉か?——ネット上のフリーワーカー

フリーワーカー

名誉のために命を捧げられるか?と聞かれたら、昔のサムライではあるまいし、今はそういう時代ではないでしょうと思いきや、現在、ネット上には名誉(正確には「いいね」)のために命を犠牲にする人も増えているようです。ある調査によると、世界中で2015年にSNSなどに投稿する写真を撮ろうと命を顧みず危険な場所で自撮りをして、実際に死亡してしまった人の数は、その年のサメに襲われて死亡した人の数よりも多いようですし、ロシアでは同年自撮りによる死亡事故は数十件に及び、負傷者は百人を超え政府が警告を出す事態になっているそうです(参照)。

彼らは「いいね」というインターネット上での評判や名誉をたくさんもらうために、危険な自撮りをも厭わない人たちなのです。

前回の記事では「最後通牒ゲーム」の心理とクリエイター報酬の関係に焦点を当て、報酬の分配率が40%の境界線を下回ると報酬に対する不満が生じる可能性が高まってくることをみてきました。ところが現在、ネット上に限って言えば、報酬が著しく低い、もしくは無償にもかかわらずに労働力を提供する人たち(=フリーワーカー)が数多く存在しています。ストックフォトのクリエイターにとって最も卑近な例で言えば、無料素材ダウンロードサイトに写真を提供する人々です。彼らはなぜ利益にこだわらず手間のかかる撮影やアップロード作業をほとんど無報酬で行っているのでしょうか?

この記事では、インターネット上で台頭しているフリーワーカーについて考えてみたいと思います。前回の記事で見てきた「最後通牒ゲーム」の心理とは別の行動様式を取る人々についてです。
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