ボケ(Bokeh)談義
共通語としてのBokeh
日本人の(写真における)ボケ好きは世界的に知られています。
写真の背景(あるいは前景)をとろけるように暈す撮り方は日本の専売特許とも言えるほどで、その証拠に「ボケ」という言葉は「bokeh」として(写真業界で)世界共通語になっています。ただ、少し前まではこの「bokeh」という言葉は、海外のフォトグラファーたちからはやや否定的な感じで使われることが多かったように思います。伝統的にパンフォーカスを好み、ドラクロワの絵ような光と陰のコントラストを好む欧米のフォトグラファーにとっては、暈けは邪道に見えるのかもしれません。
写真だけでなく印象派の絵画もずば抜けて日本での人気が高いそうです。日本人がどうしてそれほどまでに光の飽和(暈け)を好むのかというはっきりとした理由はよくわからないようですが、学術的(歴史学的、医学的等)な観点からその理由を詳しく調べてみると面白いかもしれません。
ストックフォトと暈け
好むと好まざるとにかかわらず、ストックフォトにとって暈けは時として必須になることも多いと思います。それは暈け表現の芸術性という理由からというよりも、ストックフォトという商用撮影から生じる実利的な理由からです。
例えば、スタジオでの撮影は背景にある物が写真に写りこんでも(商標的に)問題がないものしか置いてありませんが、一歩外に出ると、路上の人の顔をはじめ、いたるところにみられる商品のロゴマーク、お店の看板、ナンバープレート等々、写してはいけないものばかりです。外だけでなく、スタジオ以外の室内もストックフォトとして写してはならないものがたくさんあります。
そのようなときに背景を暈して商標などの写り込みを避けながら撮影することは避けられません。それでも海外のストックフォトグラファーの写真(ライフスタイルの人物撮影)を見ると屋外や(スタジオではない)室内でも、果敢に暈けを最小限にしている人が少なくありません。私自身は、暈けは嫌いではないのと、商標等の写り込みを確実に避けるために、屋外でF1.8前後、通常の室内ではもっぱらF1.6の絞り値を多用しています。海などの開けた屋外でようやくF8やF11を使うといった感じです。
このようにストックフォトの撮影では実利的な理由から暈けを選ぶことも多いですが、最近ではPhotoshopで簡単に不要な写り込みを消すことができるようになりました。(数が多くなければ)写り込みを恐れず絞って撮り、後でレタッチで消していくという方法もあるかもしれません。
増殖する写せないもの
しかしボケやレタッチをもってしても、写せないものはどんどんと増えています。ずっと昔はモデルリリースという概念もなかったですが、最近はモデルリリースやプロパティリリースは必須です。法律的には問題がなくても神社仏閣は公道から撮っても販売用写真には使えないことも多いようです。明らかに違法な公共物へのイタズラ描きも著作権で保護されます。知らない人の後ろ姿をスナップ写真として撮ると条例に違反することにもなり得ます。色彩商標も増えてきて、物も人も建物も写してはならない権利でがんじがらめになっています。そしてこの傾向は今後益々強まっていくことでしょう。
写せないものが増殖する一方で、スタジオ空間とは異なる私的領域内の写真の需要も高まりつつあります。スマホで撮ったような、あるいは実際スマホで撮ったプライベートフォトの商用写真としての需要や価値は今後もっと高まるでしょう。
けれどもプライベート空間は写せないもので溢れています。友人の誕生日に撮った写真を販売するためには写っているすべての人からモデルリリースをもらう必要がありますし、ドリンクのラベルはもちろんレタッチ。ペットにプロパティリリース。本の表紙は著作権、スマホの形は立体商標、そのうち衣服も商標を主張して、服を着た写真はすべてリリースが必要となるでしょう。
もはやf1.4の開放値では足りなくて、f0.9でも足りなくて、それ以上ぼかせるレンズはどこにある?